僕らはカラカラ回り続けるねずみだったのかぁ。

plagio2004-12-02


日本のマス・カルチャーの変遷を30〜40年ぐらいのパースペクティブで俯瞰するとどんななんだろうだわさ?と何故か似つかわしくもない大仰なことを思ってしまい、資料を探しに古本屋*1に行く。如かして定点的な資料ではあるがビンゴな書籍を発見。「ニューミュージックマガジン年鑑1979」。500円也。1978年を総括した1979年発行の雑誌の増刊号だ。


1)1978年の出来事
2)特集1=アメリカン・ミュージックのルーツを探る
3)特集2=マス・カルチャー・マップ1978
という3部構成。1)、2)もひっじょーに興味アリ。

さて、3)を斜め読みをしていて図らずもそのテーマ、内容に驚愕してしまったのである。以下一例。


・「電話」-日常のコミュニケイションを変質させる
・「フェミニズム」-ファッション化され踊らされる「女性パワー」
・「タバコ」-我らのよき友だち"タバコ"に受難の時代到来か
・「人生相談」-コミュニケイションを求める暗闇からの悲鳴
・「TV視聴率」-たった300世帯によって作られる魔法
・「スピリチュアル」-WASPの価値観から逃れようとする若者

これ見てどう思うですか?
ココ15年前のテクノロジーの進展分のハンデを補正するならば、上の「電話」は「携帯電話」または「インターネット」に置き換えてもいいと思うし、「人生相談」も「SNS」または「占い」に変換すればいいと思う(ホントか?)。

で、思ったのはなんかテーマ的に今のどっかも週刊誌が持ちネタに困ってとりあえずベタだけど書いときました的な記事とダブるなぁと。んでもうちょっと突っ込んで言えば78年と現在の置かれた状況が酷似しているのでR、だったら歴史から学ぶべきでR。ムムム。となると80年代のイケイケ状態&バブルは再来するのだー。バンザーイ!バンザーイ!ビバ、マハラジャ。ビバ、ボディコン、なーんて短絡的なアナロジーにすりかえようとしてるわけではないが、でもなんか妙に似てしまっている気持ち悪さは感じる。一方、それとは別のところで少なくとも今の(マスコミの都合のいい=民衆を煽るような)問題意識は既にこのころには確立されていたのですな。ミュージックマガジンのようなジャーナリズムなんてどこ吹く風?みたいな超ニッチなメディアでさえこんなこと書いてるんですよ。別の視点で見れば、マスメディアの問題としてではなく、僕らの問題として考えてたら、78年以降、僕らはずーっと同じところをぐるぐる回っていたただのRATだったのかもと。うーむ。ありうるな。その結論は。
とにかくテクノロジーは進化・発展しても、それを使いこなす人間が進化してないつーことだったんかー、じゃーそれは今後もそうなんだよねー、じゃぁお先真っ暗ジャン。だったら楽しいことして楽しく死んでいった方が特じゃん、みたいなその辺に掃いて捨てるほどあるような極めて退屈で短絡的で頭悪くて死にたくなるような結末で気持ち悪くなってきたけど、眠たいから寝ます。

*1:渋谷のフライングブックス。ここ結構好き。目黒川沿いのcow booksと同様のビートニクな匂いがする